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"いのち"の優劣 ナチス 知られざる科学者【フランケンシュタインの誘惑】

 

BSプレミアムで2017.1.26に放送された「フランケンシュタインの誘惑 "いのち"の優劣 ナチス 知られざる科学者」のまとめになります。

 


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はじめに

600万人のユダヤ人と20万人の障害者の命を奪ったナチスドイツ。その影にはナチスの政策に協力した数多くの科学者がいた。残虐行為の協力者でありながら未だほとんど知られていない科学者がいる。その中の一人、人類遺伝科学者オトマール・フォン・フェアシュアー。優秀な人間だけのユートピアを目指す科学優生学を絶対視した男だ。

 

「病人と障害者は不妊手術すべきである」

 

フェアシュアーが作成した極秘文書が見つかり、そこに記されていたのは障害者への強制的な不妊手術、またはユダヤ人の根絶といった"断種"の文字だった。

 

しかしフェアシュアーは、その罪を裁かれることなく戦後は科学界のトップとして君臨し続けた。謎に包まれた科学者フェアシュアー。"いのち"に優劣をつけた男はいかにしてナチスを支えたのか?

 

 

優生学への目覚め

幼い頃から科学への強い関心を持っていたフェアシュアーは1919年マールブルク大学に入学し医学を学んだ。そこで出会い夢中になったのが当時最先端の技術"優生学"だった。

 

優生学とは遺伝子に優れたものを残し、劣ったものを取り除くといった人為的な淘汰により人類に進歩を促し、より良い社会・ユートピアの建設を目指そうとしたものである。

当時世界的にブームだった優生学。フェアシュアーは目の前の患者だけでなく民族全体を救うことができると瞬く間に取りつかれていった。

 

 

双子を使った実験

1923年、大学の附属病院に勤務したフェアシュアーは遺伝生物学の研究を始める。そこで優生学の研究対象として目をつけたのは双子だった。一卵性双生児と二卵性双生児を比較することで人間の外見や体質に遺伝がどの程度関係しているかわかると考えたのだ。例えば、ある病気に二人ともかかる割合が一卵性双生児の方が高い場合、その病気のかかりやすさには遺伝がかかわっていると考えられる。そこでフェアシュアーが調査したのは当時"死の病"と恐れられていた結核結核は感染しても発症する人としない人がいた。ここに遺伝が関係しているのではないかと睨んだフェアシュアーは一卵性双生児と二卵性双生児合わせて127組を調査、その結果二人とも結核を発症する確率は、一卵性双生児が二卵性双生児より45%ほど高いことがわかった。そのことからフェアシュアーは"結核の発症には遺伝的な性質が相当な重要性を持つ"と結論づけた。

 

"結核から民族を救うために優生学を取り入れ、患者は不妊手術を行うべきである"

 

フェアシュアーはこの結果から遺伝子に問題があるのなら、それを断種すべきと判断してしまった。

 

さらにフェアシュアーは障害者に対しても断種を行うべきだと主張。

 

"障害がある子どもを身ごもる可能性があるならばキリスト教的慈愛精神によって不妊手術―つまり断種を行うべきである"

 

フェアシュアーは断種を行わない方が残酷であり、行うことが社会にとって良いことだと信じきっていた。

 

 

忍び寄る協力者

この頃第一次世界大戦の痛手から立ち直りかけたドイツを世界恐慌が襲い、ドイツの財政は危機的状況に陥った。最大の人口を抱えるプロイセン州政府は歳出削減の策を検討するためフェアシュアーら科学者たちを集めた。障害者のために割かれる支出を健常者のために役立てるべきではないか。プロイセン州政府はフェアシュアーのデータをもとに障害者に対し"本人の同意があれば"不妊手術・断種を認めるという法律案を策定した。しかし当時国の法律では不妊手術は禁じられていたため、州独自の断種法は実現には至らなかった。

 

 

悪と死の協定

1933年 事態は一転、フェアシュアーの救世主となる男アドルフ・ヒトラーがあらわれた。優生学に共感していたヒトラーは"肉体的にも精神的にも不健康で無価値な人間は子孫の体にその苦悩を引き継がせてはならない"と主張。遺伝病の子孫を予防する断種法を成立させた。

 

対象は当時遺伝すると思われていた様々な病気…(盲・てんかん・重度のアルコール依存症双極性障害知的障害など)さらにこの法はプロイセン州政府らの法律案から大きく一歩踏み"本人の同意なしに国が強制的に"不妊手術を行えることになった。

 

フェアシュアーはヒトラーを"優生学を国家の主要原則とした初の政治家"と称賛。一方ナチスもフェアシュアーを"我が党に対し完全な忠誠心を持っており政治的宣伝の面でも意義がある"と称賛した。

 

フェアシュアーはフランクフルト大学の遺伝病理学研究所の所長に任命されると、まず初めにフランクフルト住民の遺伝情報の収集をした。病院や養護学校福祉施設などから家族の病気や障害の有無の書かれた記録を集め"遺伝カード"なるものを作成した。すべては断種すべき人をあぶり出すため、3年間で25万人の情報収集に成功した。

 

 

とまらぬ断種への欲求

また、フェアシュアーは情報収集のため自ら現場までにも乗り出した。直接住民を診断するために、わざわざ保健所の資格まで取得した。そして、これまでの調査と診断結果をもとに遺伝的に健康と判断したカップルには結婚許可書を与え、問題があると判断した者には断種を裁判所に申請した。

断種を強制された人には、養護学校を出たばかりの15歳の少年や妊娠6ヶ月の女性などがいた。少年は先天性の知的障害のため思考スピードが遅いと判断されたため断種、女性はドイツやフランスの首都が答えられないため中絶を促された。こうして1945年までの間に40万人が強制的に断種されていった。これは当時のドイツの人口にあてはめると、200人に1人の割合である。

 

 

ユダヤ人大量虐殺への道

また、ヒトラーはユダヤ人があらゆる欠陥を持った劣等人種であるとも主張した。これにフェアシュアーも加担。ユダヤ人が増加し影響が大きくなることを阻止するために動き出した。

 

1935年に血統保護法が決定すると、ヒトラーらはユダヤ人の特定に乗り出す。彼ら自身もユダヤ人とは外見的には差がないことから誰がユダヤ人なのか区別できずにいたからだ。そこで、ユダヤ人を科学的に特定するためフェアシュアーはユダヤ人の身長、鼻の形、体臭など事細かに調査した結果あらゆることがわかった。

 

ユダヤ人は他の民族と比べて糖尿病などの発病、聾や難聴などの障害が起こる頻度が高い

ユダヤ人の人種生物学より

 

こうした結果を受けて、フェアシュアーはドイツ民族の特徴の保存が脅かされないようユダヤ人を完全に隔離する必要があると判断した。

 

 

ヨーゼフ・メンゲレ

フェアシュアーには自分の後継者に相応しいと絶賛する共同研究者がいた。その名はヨーゼフ・メンゲレ。二人は人種によって血液中のたんぱく質に違いはないか調べることになった。すべては血液検査で簡単にユダヤ人を区別できるようにするため。しかし、そのためには色々な人種の血液が必要であった。

 

さっそくヨーゼフはアウシュビッツの収容所医師に任命され、彼はそこで血液採取に励んだ。萎んだビニール袋のようになるまで血を吸いとられる人、1日に何度も採取される人…そうしている内に様々な人種、200人以上の血液標本が集まった。また、メンゲレはフェアシュアーが興味を引きそうな眼球や内臓、骨格までも手に入れようと考え収容した人々を殺害し始めた。

 

※現在、特異性たんぱく質の研究は妄想に過ぎなく、科学と呼べるものではないと言われている。

 

悪への裁き

しかし彼らの悪業も永遠には続かなかった。1945年1月27日にアウシュビッツ収容所が解放され、1945年5月7日にドイツ無条件降伏するとフェアシュアーは自分の不利となる資料をすべて破棄し、証拠を隠滅した。

 

人体実験で精神疾患の患者を殺害・解剖を繰り返した精神医学者カール・シュナイダーは、連合国軍に逮捕され、自殺。

 

障害者を安楽死させる法律案を計画したヒトラーの主治医カール・ブラントは戦争犯罪人として裁判にかけられ死刑。

 

そしてあのヨーゼフ・メンゲレは南米へと逃亡し、生涯逮捕に脅えながら暮らした。

 

フェアシュアーに対しても尋問は行われたが"アウシュビッツでの出来事を一切知らなかった"と言い逃れ、罰金600ライヒスマルク(約45万円)で許されてしまった。この件については多くの批判があったが、自分の手で直接殺人を犯していないからという理由で片付けられてしまった。しかし、カール・ブラントは同じ理由でありながら処刑されている。

 

そんな中でも研究者としての実績が評価され、1951年フェアシュアーはミュンスター大学の人類遺伝学研究所所長に就任。翌年にはドイツ人類学協会会長に就任した。優秀な科学者が国外に出ていく中でフェアシュアーは貴重な存在だったのだ。戦国から23年、過去については沈黙を守り学界トップに居座り続けた。

 

しかし、神はそんな人生に突然の終止符をうつ。1968年フェアシュアーはドイツで家族と休暇を過ごしたその帰り道、車に跳ねられ意識不明の重体になった。昏睡状態が続く11ヶ月後、家族に見守られながらフェアシュアーは息をこの世を去った。

 

「もし彼が事実をすべて話していたら、そのキャリアは終わっていたことでしょう。私はフェアシュアーが反省していたか罪の意識を感じていたかについて疑いを持っています。むしろ自分の行為に誇りを持ったまま墓場に行ったと思います。」

歴史家ハンス=ヴァルター・シュムール

 

 

フェアシュアーの死後

フェアシュアーの死後、遺伝の研究は飛躍的に進み、生命科学の発展により遺伝子の働きが次々と明らかになった。血をつくる遺伝子、筋肉をつくる遺伝子、そして病気や障害の原因になる遺伝子も発見されている。こうした遺伝子を調べることで胎児に病気や障害がないかを診断する出生前検査も格段と進歩した。

 

最新の解析技術、次世代シーケンサー。人のすべての遺伝情報をわずか1日で解読してしまう。この技術を使って妊婦の血液中に含まれる胎児のDNAを分析し、簡単な血液検査だけで染色体異常の可能性がわかるようになった。日本でこの方法を使って受診した人は3万人以上。ダウン症などを引き起こす染色体異常の可能性が見つかり、精密検査で異常が確定した9割以上の妊婦が人工妊娠中絶を希望している。

 

さらに生命の在り方を大きく変える技術も現れている。2015年4月、中国で人の受精卵に遺伝子操作が行われた。特定の遺伝子を切断させて働かなくさせたり、別な遺伝子を組み入れたりふるゲノム編集だ。この技術を使って血液の病気に関する遺伝子を操作したと言う。生命の設計図を自在に操る力を手に入れた人類。いづれ望み通りの人間をつくり上げることも可能だと言われている。

 

 

科学の在り方とは

カリフォルニア州では医師が出生前検査を妊婦に勧めなければならない。費用は州が出してくれるが、その背景にはダウン症児の出生が少なくなれば医療費の節減になると言う目論見があるのだ。これは下手をするとナチスドイツの優生学に結びついていく危険性があると懸念されている。

 

一方ゲノム編集については、多くの遺伝病に治療法がない中、ゲノム編集により治すことが可能ならば遺伝性の難病患者にとっては夢のような治療法であると言われている。しかし、そういったものを越えて"背を高くしたい"や"目の色を変えたい"と言った美容整形のような領域に踏み込んでしまった時にはどうなのかが難しい問題である。

 

優れた遺伝子、劣った遺伝子というのがどう言ったものと捉えるかは難しいことです。私たち人間が今の時代に、今考える良い遺伝子が1000年、2000年後に良い遺伝子とされるかはわかりません。

国立成育医療研究センター研究所所長 松原洋一さん

 

松原氏の話によると、一つの例として、アメリカのピマ・インディアンは非常に乏しい食料の中で何千年も行き抜いてきた遺伝子を持っている。こういった人たちが今のアメリカの食生活の中で重度の肥満や糖尿病になってしまうらしい。しかし、もし地球の食糧危機が訪れ食べ物が物凄く少なくなってきた時は、おそらくピマ・インディアンの人たちの方が生き残る可能性が強いというのだ。従ってある一つの遺伝子の型が良いのか悪いのかは地球環境の変化やその他様々な変化によって逆転してしまうと考えられる。今の浅はかな知恵で遺伝子を書き換えると子孫にとんでもない可能性が起こる可能性もあると言うことだ。

 

 

"いのち"の淘汰 その行方は

ナチスを率いて人間の淘汰を勧めたアドルフ・ヒトラーはこう語った。

 

大衆の理解力は非常に小さく、忘却力は非常に大きい

我が闘争」より

 

かつてフェアシュアーが所長を務め、アウシュビッツから送られる血液を受け取っていた研究所は現在ベルリンの大学の施設として使われている。その入り口にはヒトラーの言葉に抗う一枚の碑文が掲げられている。


 "オトマール・フォン・フェアシュアー" 

フェアシュアーはナチス・ドイツの非人道的な対策に科学的根拠を提供し淘汰と殺人にも積極的に関与した。この犯罪はあがなわれないままである。科学者たちはその学術研究の内容と結果に責任を持たなくてはならない。

 

 

まとめ・感想

ほとんど書き起こし状態になってしまいましたが、ここで少しまとめと感想を入れていきたいと思います。

 

なぜフェアシュアーは罪を免れたのかについて。

 

フェアシュアーの主な罪は

ナチスの残虐行為に科学的なお墨付きを与えたこと

②政治やイデオロギーにすり寄っていたことが上げられます。

 

実は当時、優生学を一番推進していたのはアメリカでした。また、アメリカ最大の富豪ロックフェラー財団はフェアシュアーの研究をはじめドイツ優生学に資金援助を行っていたのです。こうしたことからフェアシュアーを裁けば裁くほど自分たちに火の粉が降りかかると危険を察知したアメリカは、自らを守るためフェアシュアーに罪を被せることはしなかったと推測できるのです。

 

別名死の天使と恐れらたヨーゼフ・メンゲレは逃亡し身を潜めて生活したそうですがフェアシュアーは最後まで脚光を浴びた人生でした。果たして、フェアシュアーに罪の意識や反省はあったのか。私は最後までフェアシュアーは優生学こそが人類を救う正しい道と信じていたと思います。そのためなら多少の犠牲と手段は厭わないとも…。

 

近いうちに科学がもっともっと進み病気や障害が完璧に無くせるとなった時、人間は何の疑問も持たずに大多数の意見の方へ流されていくのでしょう。そして少数派の意見が淘汰されていく…。社会の構造と同じで…。どちらの意見が大多数になるのかではなく、大多数はどちらなのかにしか注目されていないのかもしれません。

 

どんなに健康な人でも最新の機械にかければ莫大な数の遺伝子の中で一つや二つの異常は 見つかると言います。ただそれを異常かどうか決めつけるのは人間です。しかしその人間自体が完璧な遺伝子など持っていない。私たち人間はお互いに対しても、動物に対してもどこか未完成のまま人間は完璧だと勘違いしているのかもしれません。

 

フェアシュアーは戦後、同僚にこんな手紙を送っています。

 

 

"あの忌まわしい過去について話すのはやめておきましょう。もう過ぎ去ったことですから"

 

 

フランケンシュタインの誘惑

 BSプレミアム 2017.1/26(木)

21:00~(60分)

ナビゲーター/ナレーション】吉川晃司,【出演】仲野徹,松原洋一,【司会】武内陶子