オオカミのとおぼえブログ

主にフィギュアスケート、BSやNHKの歴史・紀行番組について書いています。オオカミだけど一匹じゃないブログ目指します!

0歳の記憶を持つ私が語る幼児期健忘について

 

突然ですが、皆さんの人生で最初の記憶とは何ですか?

 

そして、それはいくつの頃のものですか?

 

私には自分が生まれてから数か月ほどの頃の記憶がいくつか残っています。

 

しかし、普通はそのように、幼児期の記憶を持っている人は非常に少ないらしく、それらは、あまり一般的に語られる話題ではないようです。

 

なぜなら、人には「幼児期健忘」というものがあり、3歳以前の記憶は自然となくなってしまうからです。

 

では、なぜ幼児期の記憶はなくなってしまうのでしょうか。

 

これには色々な説があり、詳しい原因は分かっていないそうですが、主に「3歳前ではまだ海馬や前頭葉の発達が未熟なため、言葉として記憶にとどめることが困難」だからと言われています。

 

まだ日本語はおろか「言葉」そのものがわからない時期に起きた出来事を(視覚や嗅覚以外の情報)説明することは不可能だという意味ですよね。

 

確かにそれはそうです。確かにそれはそうなんですが、私はあの時なにをどう思ったのかを鮮明に覚えているので、あれは何を持って記憶していたのだろうと不思議でしかたがないのです。言葉でなければ、感情だったのか?いや、でも感情だけで説明がつくのか。自分でもよく分かりません。

 

また、幼児期の記憶が残る理由としてこんな例もあります。

 

ところが幼児期の記憶でもその後まで残るものもあります。
その典型が、幼児虐待に代表される継続的な身体苦痛を伴う経験だと言われています。

 

出典 日本語のチカラ: 幼児期健忘について 

 

虐待などの苦しい経験がトラウマとなって脳に埋め込まれてしまうというもの。よく人は喜びは忘れ、悲しみはずっと覚えていると言いますよね。愛されて満足しているほど記憶には残らないなんて声まであります。私も過去に幼少期のことを人に話したら「そんなに覚えているなんて何か辛いことがあったの?」と言われたことがあります。安心してください。もちろん、私は虐待など受けて育っていません。両親にも他人にも手をあげられたことはありません。むしろ大家族の中でわいわい育ちました。従って、この例は私が幼少期の記憶を残す理由として当てはまらないと考えます。

 

では、なぜ私には記憶が残っているのでしょう?

 

そこで今から私が記憶しているエピソードを数例ほど紹介しようと思います。これといって大した内容ではありませんが、ここを見て何かの役に立てる方がいたら・・という思いで綴っていきます。以下からどうぞご覧ください。

 

 

【目次】

 

Episode1 最初の記憶はベビーベッド

おそらく、これが私が持つ記憶の中で最も古いものであると思います。それは、生まれてまだ数か月もしているのか・・どうなのか分からないくらいの記憶なのですが、ベビーベッドに寝かされて、皆に話しかけられているというものです。

 

ベビーベッドの真上には、よくある(名前がわからない)あのぐるぐる回るおもちゃがぶら下がっていて、そこにはピンク色の飾りがついていたのを覚えています。私はこのメリーゴーランドみたいなおもちゃが回っているところを見るのが大好きだったのですが、なぜか普段は全く回っておらず、大人の気が向いたときにしか回してくれなかったため、とてもヤキモキしていた記憶があるのです。た~まに誰かが回してくれるのですが、私の顔がつまらなそうに見えるのか?すぐにスイッチを切り、いつもガラガラの方をすすめられたので、心の中で「そっちじゃない!」と思っていました。どうして皆、私がガラガラを好きだと思ったのでしょう。あれは音が鳴るだけだし、そんなに好きではなかったのです。そしてわりと早い段階でこのメリーゴーランドは撤収されてしまい、悲しかった記憶があります。

 

ちなみに、私は、このベビーベッドが置かれた部屋についても鮮明に覚えています。後に両親に確認したところ、記憶と一致していたので間違いではありません。私が寝かされていたベビーベッドは、当時なんと仏間にありました!えええ~という声が聞こえそうなので、少し説明させてくださいね。我が家には客間と仏間の間に襖があり、そこを開けるとひとつの部屋になるという昔ながらの和室があったのですが、私が生まれた頃は常に襖をオープンにしており、そこを一部屋として使っていたのです。(当時は両方客間のようにしていた)そして、客間には大きなテーブルがおいてあり、仏間には仏壇と掛け軸くらいしかおいていなかったため、ベビーベッドは仏間のエリアに配置されるかたちとなったそうなんです。しかし、私がベビーベッドを卒業したと同時に、その襖は閉められ、従来通り各部屋ごとに使用するようになったため、一部屋として扱われていた期間というものは極わずかでした。

 

と、そんな短期間の出来事なのですが、私はその部屋にいたこともはっきりと覚えています。ついでに言えば普段はずっとその部屋にいるのではなく、決められた時間にしかいなかったことも。夜は母と一緒に2階の寝室で寝ていましたし、それ以外は居間で過ごしていました。どういう時にベビーベッドで寝かせられていたのかは分かりませんが、私はベッドの横にある窓から見える緑色の葉っぱが好きでした。また、客間には洋間(姉のおもちゃ置き場)と繋がるガラス戸もあったのですが、時々そこも開けることがあって、そうすると姉が、いとこたちとおもちゃでワイワイ遊んで賑やかだったこともあり、尚更ベビーベッドの部屋が好きだった記憶があります。

 

面白いことに、私は小4くらいまで、上記の緑の葉っぱに心があると思っていました。ベビーベッドを撤収した後は、そこにオルガンを置いていたのですが、園芸にハマっていた祖父が「植物に音楽を聴かせると良く育つらしい」と謎のアドバイスをくれたので、よく窓を開けて演奏していたんですよね。懐かしい。そんなこともあって、何だかこの葉っぱちゃんが自分の成長を見てくれているような気がしていたのです。もしかしたら話せるんじゃないかと夢見ていた日もありました。やばいですね。

 

ついつい思い出して関係ないことまで書いてしまいましたが、一応これが最初の記憶です。続いて、第2のエピソードをご覧ください。

Episode2 時計

お次は、ハイハイもしない、まだおんぶされている頃の話。時期的には先ほどよりも少し成長しているとは思います。この頃、私は夕方になると祖母に散歩に連れて行ってもらっていました。毎日ではないのですが、天気の良い日に行っていた覚えがあります。私はこの散歩が楽しみで楽しみで仕方がありませんでした。あまりに行きたくて散歩に行く時間まで覚えたくらいです。ええ、自分でも赤ちゃんが時計を読めるなんて嘘だろうと疑いたくなります。ですが本当なんです!信じてください!

 

なぜ私が時計を理解できたのかというと、ちょうど散歩にいく前の時間くらいになると、私は居間に移動して寝かされていました。そして、その寝かされていた場所からは、ちょうど時計がバーンと見えるようになっていて(これは偶然です)私はいつも時計の針がチッチッと動くのを見ていたんですね。それである日気づいたんです。時計が3時になると祖母が散歩に行く支度を始めることを!もう私は散歩に連れていってもらう犬状態で喜んでいたので、もの凄く細かなことまで記憶に残っています。

 

散歩コースは家から近くのお宮まで。途中で近所のおばあさんに祖母がつかまると、ついつい話し込んでしまい、お宮まで行かない短めのコースで帰ってしまう!・・というところさえ覚えています!「ええ~もう帰るの~??」と衝撃だったのが忘れられません・・。家の近くには、真っ赤でデッカイ綺麗な夕日が見えるスポットがあったのですが(今は建物で見えなくなってしまいました)そこに行くと、いつも祖母が「ほ~ら真っ赤っかだ、綺麗だね~」と言っていました。「真っ赤っか」は何度も言っていましたね。全体的に毎日同じほぼセリフで「また同じことを言っている」と不思議に思っていましたが、そのせいか?言葉の意味が少しわかるようになったのだと思います。だから絶対に赤ちゃんでも言葉はなんとなくでも理解できていると思うんですよね。私みたいな凡人がわかったくらいなので、他の人ならもっとわかってたはず。ただ、幼児期健忘とやらで、言葉を理解していたことを忘れているだけなんじゃないかなぁと思うのですが、どうなんですかね?

 

そうそう、この散歩時間になると家にもオレンジ色の日が差し込んでくるので、そこから外の景色を想像したり、日の流れを感じたりもしましたね。とにかく外が好きでした。関係ありませんが、散歩ではいつもおんぶされていて、それが抱っこより安定していて気に入ってました。

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Episode3 とにかく泣かない

私は泣かない子でした。誕生の瞬間も「ギャ!」の一言で終わったらしいです。(安産でした)そして生まれてからも母親いわく「まったく泣かない手のかからない子」だったらしいです。そうでしょう。私も覚えていますから。というか赤ちゃんってそんなに泣くんですね、と後から知りました。用事があるときは泣けばよかったのか・・。

 

ミルクは常に一気飲みで時間がかからなく、食後はすぐ寝てくれるので、母は毎晩よだれを垂れして寝ていたんだとか。母がよだれを垂らしていたかどうかは覚えていませんが、確かに私は体内リズムがキッチリしていました。まず、ミルクは本当に一気飲みでした。決してミルクをケチられて飢えていたわけではありませんよ!単なる食欲旺盛な元気な子でした。皆が私にミルクをくれるとき、めちゃくちゃ「わぁ」と喜んでいました。後で親や親戚に聞いたところ、飲み干すスピードがはやくて面白かったらしいです。そして7時になるとお風呂に入ります。これも時計で確認していたので本当にそうです。私はお風呂も大好きだったので、毎晩とても楽しみにしていました。いつもは大体祖母が入れてくれたのですが、たまに父が早く帰宅すると父が入れてくれました。いつもと違う人がお風呂に入れていくれると、ワクワクして面白かったのを覚えています。

 

家は両親が共働きで、母もフルタイムで働いていたため、その間は祖父母に面倒をみてもらっていました。母は私がお風呂に上がるくらいになると、帰宅し、着替えをしてくれました。その後ミルクを飲んで8時になると、私を寝せに2階に連れていくのですが、ある日私が食後すぐに寝るからなのか、2階に連れていった後、「良い子だね~」と言って下に降りていったことがあったのです。しばらくすると私はもう爆睡しているので、その後の記憶はありませんが、次の日も同じように母は私を2階に連れて行くと、下に降りていきました。そんな日が続いたある日、いつものように母に話しかけられながら床についた私は「もしかして、またお母さん下にいっちゃうのかな?」と急に不安になりました。案の定、母はすぐに下にいってしまったのですが、いつもミルクを飲んだ後すぐに寝る私を「良い子だね~」といっていたので、泣くに泣けなかったのです。赤ちゃんにもこんな感情あるのですよ。驚きですよね。でも実際に体験した話なんで本当です。

 

これについてはネグレクトじゃないかー!!私はサイレントベイビーかー!と、大人になってから母に問い詰めたのですが「ごめん、てっきり寝ているかと思ってダッシュでごはん食べに行っていたわ~。あなた毎日食事に寝る時間にと、なんでもキッチリしていたからね~。こんな楽な子育てあるのか~って快適に過ごしてたの。」と言われました。※ちなみに2階の寝室には母がいなくなった後、姉や父が来てくれていたそうです(すぐに寝ていたからわからなかったけど) そんな軽くいうなよっ!っと突っ込みたくなりますが、母は姉が赤ちゃんのときに、それはそれは手を焼いたらしく、毎晩夜は眠れなかったそうで、ふたりめ(私)が生まれたときも覚悟をしていたのに、いざ育ててみると拍子抜けするほど何の問題もなかったため、リラックスしてしまったみたいです。

 

おいおい母よ・・という感じもしますが、愛情をかけられなかったわけではないので許しましょう。

Eepisode4 1~3歳までの記憶はより鮮明

最後にご紹介するのは、1~3歳までの記憶です。このくらいになると、もうほぼほぼ覚えています。2歳前くらいですかね~いつも祖父が「メイプルタウン」というアニメの歌を流してくれるのですが、そのテープは、姉のお古だったのもあり、しかも私自身はそのアニメの世代でもなく、見たこともなかったので、まるで興味がありませんでした。しかし祖父は私が喜ぶと思って毎日エンドレスでそのテープを流してくれたんですね。さらにそのテープには歌詞付きの絵本がついてきていて、うさぎさんだのなんだの動物の可愛らしい絵が描いてあったのですが、1ページだけ人相の悪いオオカミが載っていて、その絵がただでさえ不気味なのに、オオカミのパートの歌はもっと恐ろしくて、とても苦手でした。そのため私の中で「メイプルタウン」のあのオオカミの曲はいまだに忘れられないものとなっています。

 

あとは2歳の頃に母の会社の日帰り旅行に行った時、はじめての長旅に不安になり、バスの中で泣いたことと、その後いじけて記念写真で鼻をほじったことを覚えています。(なんてヤツ!)

 

その他にも、写真を見て思い出すことなんかも結構あります。今回は特に古い記憶を書いてまとめてみました。嘘のような話もありますが、すべて真実です。

おわりに

不思議なのは、赤ちゃんでも言葉は理解しているということ。ここでは、変なヤツだと思われそうなので、詳しい会話の内容は控えましたが、いやいや言葉は知ってたぞと思うのです。それとも私、前世で日本人だったから日本語知っているんですかね?(これに関してはそんな気がする)それともただの勘違い?・・うーん、それは違う。子どもの頃から「なんで人と違う経験があるんだろう」と真剣に悩んでいた時期があるくらいなので。

 

そもそも今回この「幼児期の記憶」について書こうと思ったきっかけは、「約束のネバーランド」という漫画を読んでいたら「幼児期健忘」というワードが出てきたからなんですよね。この本カズオ・イシグロの「わたしを離さないで」に似すぎ。

 

登場人物のひとりに幼児期健忘がなかった子がいるのですが、その子は胎児のころの記憶から現在までの記憶を色濃く覚えていて、それを見て私は「人が幼児期の記憶を忘れる現象に名前があったんだ~」と思ったのです。むしろ知らない方が少数でしょうが、私は知りませんでした。(その程度の女)そこで、これってそんなに珍しいことなのだろうかと思い記事にしてみようと思ったのです。

 

まぁ私のこのエピソードだけを見ると単に「嫌な経験だけを覚えているんじゃない?」と思われそうですが、どちらかというと嫌な経験として記憶しているのではなくて、当時の会話と自分の心の中の声をまるごと記憶している感じなんです。だから楽しいことも嫌なことも覚えているのです。

 

なんでだろう・・私はIQが高いわけでもなく・・素晴らしい頭脳を持っているわけでもないのに・・もっと言えば暗記が得意なわけでもないのに。

 

ひとつだけ考えられるとしたら、母が「赤ちゃんの頃に色んな人に話しかけられると、言葉を覚えるのが早くなって、脳にも刺激になると聞いて声かけはかなりした」ということと「大家族で色々な年代、性別に囲まれて育つと色んな言葉を覚えていいらしいよ~」という刺激系の話です。私の母は教育ママというわけでは全くありませんが、「自分の意見をしっかり伝えられる子になってほしいから」という理由で、そこら辺には意識をしていたそうです。結果、少女時代は「ああいえば〇〇」というあだ名をつけられるくらい口達者になりましたがね。こんなことも記憶と関係しているのでしょうか。

 

あと、もうひとつありました!それは遺伝!私の甥っ子のうちひとりが胎児の頃の話をするんですよ。彼は双子なんですが、お腹の中にいた頃、片割れが蹴ってきたとか、大豆みたいだったとか言うんです!(何かいいたいこと分かる)もうひとりはそんなこと言わないんですけどね。

 

結局の記憶に関しての理由は分かりませんが、どなたかが謎を解明してくれるといいなと思います。人間の脳は未知ですね~。

 

大変長くなりましたが、そろそろここで終わりにしたいと思います。

 

全部目を通してくださった方はありがとうございました。

 

同じような方がいらしたら嬉しいです。

 

おわり

 

 

 

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